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日本で一番東にある古本屋〈道草書房〉のブログです。 本やそれにまつわる色々についてのよもやま話です。






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みちくさ(道草書房店主)

Author:みちくさ(道草書房店主)
専門分野は、ミステリ・文学、それと郷土(北海道/根室)関係をちょこっと。
日本の片隅で細々と商いをしている、古雑誌をこよなく愛するおっちゃんです。



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【店主の読書ノートその16】『金狼』(久生十蘭著、三一書房「久生十蘭全集Ⅶ」版)
久生十蘭全集 金狼

深川枝川町の安酒場《10銭スタンド、那覇》。この店に5人の男女が、謎めいた葉書の指示で集まってきた。しかし、約束の時間がきても何も起こらない。2階に起居している店の主人も降りてこない。
不審に思った彼らは、2階へと上がっていく。部屋には鍵がかかっていて、いやな臭いがする。巡査を呼んで開けてみると、そこにはこの店の主人、絲満南風太郎(いとまん・はえたろう)の死体が……。

あらすじを書けば、ざっとこんなもんである。
遺産相続をほのめかした謎の手紙。
犯人の正体。

探偵小説的にはこれらが興味の中心となるのであろうが、このミステリにおいてはそうではない(もちろん、それはそれでナゾではあるけど。)。
それぞれに素性を隠し、腹に一物を持っている男女の駆け引きが、本編の読みどころなのである。

北海道留萌築港の大工事に使役する人足を、郷里沖縄から騙し連れてきて売り飛ばし、大金をピンはねしたという被害者、南風太郎。
新宿のバアで、夫の元から逃げてきた過去を隠して働いている雨田葵。
警察には無職と云っておきながら、それにしては金遣いも無頓着で、思想警察官であることを匂わす久我千秋。
退職した官吏で骨董品を商っていると云いつつ、いわくありげな乾老人と、その下で働く沖縄の少女、鶴(チル)……。

それ以外の人物も含めて登場人物たちが、それぞれ何がしかの秘密を胸に隠しもちつつ、それぞれの正体を暴こうと駆け引きを繰り広げていく。その有り様こそが、本書のミソ。

この作品が発表されたのは昭和11年。
世の中キナ臭くなってきていたが、まだモダニズムの香りが残っていた時代である。
ここで描かれる匿名性の高い個人や社会風俗は、そうしたモダン都市精神の反映と云っていいだろう。
さすれば、全体に漂うドライな雰囲気も納得がいく、というものである。

当時、『新青年』の編集長だった水谷準が、函館中学の先輩阿部正雄に書かせた探偵小説。
ちなみに“久生十蘭”名義の作は、これが初となる。
ミステリとしては粗さもあるけど、それもまた魅力に感じる佳品。


この本は、道草書房古書目録《不定期航路》第2便に掲載しております。
http://www18.ocn.ne.jp/~michiksa/il02-2h.html

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